「越路吹雪物語」ドラマあらすじ 第33話です。コーちゃんと時子の東京での新生活が、始まりました。

映画プロデューサーの藤本プロに所属します。仕事の幅も広がり、ラジオでは、時子が訳詩した歌を歌います。
そんな時、コーちゃんとと時子に、大きな仕事が回ってきました。

 

帯ドラマ劇場「越路吹雪物語」全話まとめ

 

 

「越路吹雪物語」ドラマあらすじ 第33話


引用元:http://www.tv-asahi.co.jp/koshiji/

コーちゃんこと越路吹雪は、13年間を過ごした宝塚歌劇団に別れを告げました。時子も、同じく13年間務めた、「歌劇」編集部を後にしました。

二人は、新しい人生をスタートすべく、夢を胸に抱き、東京へと向かいました。

東京に着いた二人は、これから所属する藤本プロダクションに向かいます。社長の藤本真澄(デビット伊東)は、数々のヒット作を生み出している映画プロデューサーでした。

藤本プロの事務所は雑然とし、事務の雨宮すず子は、やり手の雰囲気でした。コーちゃんは、舞台や歌をしたいが、映画は好きでないと、言いました。

藤本は、映画は儲かるので、やるときはやってねと、コーちゃんに言いました。

コーちゃんと時子は、馴れない東京の芸能界を力を合わせ、二人三脚で進んで行きました。

東京のアパートで、一人暮らしをしているコーちゃんのもとに、時々母の河野益代(濱田マリ)が、手伝いに来ました。

コーちゃんは、ずっと母親と離れて暮らしていたので、この時ばかりは、思いっきり母に甘えました。

時子は、母と横浜の小さな家出暮らしています。二人で、コーちゃんの記事の切抜きをし、他愛もないおしゃべりで、ストレスを解消しました。

 

 

コーちゃん、憧れの都パリへ行く

コーちゃんは、取材も増え、ラジオや歌の仕事もあり、大忙しとなっています。

そんな時、音楽プロデューサーの柴田俊彦が、慌てた様子でやって来ました。明後日から、コーちゃんに日劇で歌って欲しいとのことです。

日劇のシャンソンショーに出演する歌手が出られなくなり、コーちゃんに代役を頼みの来たのです。コーちゃんは、もちろん引き受けました。

そして時子は、スタジオに行き、作詞をすることになりました。コーちゃんに合った「愛の賛歌」にするため、時子に訳詩の役目がやって来たのです。

しかも、訳詩の期限は明日の朝までです。時子は、「愛の賛歌」のメロディーを何度も何度も繰り返し聴きながら、イメージを膨らませ訳詩を完成させました。

この時、時子が訳した「愛の賛歌」こそが、その後コーちゃんの代表曲となり、長く人々に愛されることになるのです。

そしてそれは、後に岩谷時子が、作詞家として飛躍する、その前兆とも言える作品でした。

コーちゃんは、ミュージカル女優としての地位を固め、歌手としても大活躍をするようになりました。

そんな時、コーちゃんは、藤本に「パリに行かせて」と、お願いしました。どうしても、本場のパリで、シャンソンを聴きたかったのです。

藤本は、映画に出演すれば、行かせてあげると、約束をしました。それから1ヵ月後、コーちゃんは、憧れの都パリへと、飛び立ちました。

でも、コーちゃんは、パリにガッカリします。「パリは、全くの期待はずれ。パリの街は灰色だし、パリはつまらない」と、時子に手紙を書きました。

コーちゃんは、来週「エディット・ピアフ」を聴きに行く予定です。パリの歌は、日本人の私には、向かないのかもしれない、とも手紙に書いていました。

しかし、その数日後、コーちゃんは、歌手として大きな衝撃を受けることになるのです。
⇒越路吹雪物語の動画、全話視聴

「越路吹雪物語」ドラマ 第33話の感想

コーちゃんの代表曲「愛の賛歌」の誕生ですね。代役で歌うコーちゃんのために、時子が訳詩をしましたね。

「あなたの燃える手で あたしを抱きしめて ただ二人だけで 生きていたいの ただ命の限り あたしは愛したい 命の限りに あなたを愛するの」

これで、コーちゃんは、シャンソンを代表する歌手となり、時子は、作詞家の道が開けます。二人にとって、大きな節目となる「愛の賛歌」ですね。

何度聴いても、素晴らしい「愛の賛歌」ですね。

まとめ

コーちゃんは、日劇に代役での出演が決まりました。時子が訳詩したシャンソン「愛の賛歌」を歌い、大評判となりました。

コーちゃんは、シャンソンの本場パリの空気が吸いたくて、憧れの都パリに出かけました。しかしパリは、塑像とは違い、つまらない街でした。

ピアフの歌を聴く予定ですが、コーちゃんは、あまり期待していませんでした。

 

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