「越路吹雪物語」ドラマあらすじ 第31話です。コーちゃんは、大介からヤエちゃんが、亡くなったことを聞きました。
満州と離れ離れになった親友の訃報に、落ち込むコーちゃんです。そして、宝塚の退団も叶いません。不幸が重なるコーちゃんです。
再び訪れた理事長室の前に、時子がいました。時子もコーちゃんを見て驚きました。
「越路吹雪物語」ドラマあらすじ 第31話
引用元:http://www.tv-asahi.co.jp/koshiji/
大介と食堂に入ったコーちゃんは、親友のヤエちゃんが亡くなったことを知らされました。突然の話しに、コーちゃんはショックを受けます。
ヤエちゃんは、中国から引き揚げてくる船の中で、亡くなりました。その話を聞いて、コーちゃんは目の前のカレーライスを食べられません。
大介は、ヤエちゃんの夫の話を聞かせます。ソ連が攻めてきた満州から逃げ出し、食べ物も満足にありませんでした。
ヤエちゃhんは二人の子供に食べさせ、自分は食べなかったと言います。そのため、港に着いた時は、すでに体が弱っていて、日本上陸を目の前にし、亡くなりました。
大介は、おなかを空かして亡くなったヤエちゃんのためにも、食べなくてはと、カレーを口に運びました。
コーちゃんと大介は、ヤエちゃんの分までと、大粒の涙を流しながら食べました。
大介は、コオーちゃんを寮まで送って来ました。大介は、別れ際に「八重子の分まで生きよう」と言って、帰って行きました。
時子は、コーちゃんのために、大塚理事長と掛け合ったことを母の秋子に話しました。秋子は、「私は母親だから、理事長の気持ちちも分かる」と、言います。
コーちゃんは、繊細な子だから、放り出すとどうなるのかと、心配になります。
コーちゃん、東京で映画に進出
コーちゃんは、自分の部屋に戻ります。そして、ヤエちゃんからの手紙の束を机から取り出しました。その手紙を胸に抱きしめ、泣き続けました。
貧しかった家の借金のかたに、満州へと嫁いでいった八重子です。日本の敗戦後、置き去りにされた民間人は、日本へと引き揚げるために、大陸の長い距離を歩いて移動しました。
過酷な旅で、八重子のように、祖国を夢に見ながら、ついにその地を踏むことなく、命を落とした者も多くいました。
コーちゃんは、泣き続けて夜を明かしました。眩しい朝日が差し込む窓を開け、コーちゃんは、「ヤエちゃん、私、生きるよ、だから越路吹雪を見ていてね」と、決意を込めて、言いました。
朝になり、時子は理事長室に向かいました。すると、コーちゃんもやって来ました。大塚理事長は、「ついに二人揃ってのお出ましか」と、言いました。
コーちゃんは、退団届けを提出します。理事長は、歌劇団として受け取れないと、返しました。
「私の夢を捨てたくない」と、言うコーちゃんに、、「君の夢とは?」と、理事長が聞きました。
「一生、越路吹雪として、生き続けることです」と、コーちゃんが答えました。
理事長は、越路吹雪として、宝塚の舞台を続けることを条件に、映画の提案をしました。映画「東京の門」です。
コーちゃんは、「この映画、やらせて下さい」と、引き受けました。
撮影は東京で、1ヶ月ほどになります。女性が一人で心配なので、時子がマネージャーとして、付いていくことになりました。
このことが、コーちゃんと時子の人生を大きく変える、はじめの一歩になるのです。
「越路吹雪物語」ドラマ 第31話の感想
今週の主題歌は、「サン・トワ・マミー」ですね。週代わりで歌うのは、現在、越路吹雪を演じている瀧本美織さんです。
「サン・トワ・マミー」は、越路さんの定番の一つとして知られています。大人の恋をしっとりと歌う越路さんは、何度聴いてもいいですね。
実は、この訳詩は岩谷時子さんですね。コーちゃんの歌の詩を多く作っています。その始まりが、今回のドラマのマネージャーですね。
岩谷さんは、これからたくさんの作詞を発表し、ヒット曲を生みだしていくことになりますね。
まとめ
親友のヤエちゃんが、亡くなったことを知ったコーちゃんは、越路吹雪で生きていく決心をしました。
そして、理事長に退団届けを提出します。理事長は、退団を断った上で、映画の話しを持ち出しました。
コーちゃんは、宝塚に所属しながら、映画の仕事を始めることにしました。しかも、マネージャーは、時子でした。